さようなら、尊敬しています。



紅葉の米原駅
いつも滋賀に帰る時に降り立つこの駅、ここに来るとほわ〜んとした気分になります。



11月29日に母方の祖父が亡くなり、12月2日のお葬式に出るため滋賀に行って来ました。
11月28日には夫の親戚の方が亡くなり、12月1日はそちらのお葬式もあったり、しきが突発性発疹で熱を出していたりしてゆっくり泊まりで実家に帰ってる場合ではなかったので、日帰りで数時間だけ帰ってきました。



母には無理しなくていいと言われたけど、本当にお葬式に出れてよかった。
おばあちゃんが亡くなった時に、大切な人の死はもう見たくないと思いましたが、そう思いながらちゃんと見ておかなければならない、とも強く思い、だからこそ今回も無理を押しても帰って来ました。



そしておばあちゃんの時に感じた、あの死体と向き合った時の感覚、「さみしいわけじゃない、悲しいという感覚でもない、なのに涙がこぼれて止まらない、コトバにならない。」同じ感じを感じた。



というか、今回は、「本当におじいちゃんお疲れさま!」と思った。
がんばって、がんばって、本当に頑張って生きて来た人だと思う。
清水寺の舞台の建築も手がけた職人さんのひとりで、本当に器用で美術も大好きでわたしをとても応援していてくれた。母達兄弟にとってはものすごく怖い父親だったらしい。
もちろん奥さんであるおばあちゃんにとっても。
わたしたちにとってもやはりちょっと怖いというか厳しい存在だったけど、わたしから見ると生き様が本当にかっこよかった。
仕事場で仕事の途中に電気ノコギリで指が3本飛んでしまった時も、救急車が来て救急隊の人が担架に担ぎこもうとした時、「手伝わなくていい、自分で上がれる」と言って救急車に乗ったんだって。



おばあちゃんを愛してやまなく、おばあちゃんが胃癌で亡くなったのは自分のせいだと思っていたみたいで、自分が歩いて行けなくなるまでおばあちゃんのお墓に毎日花をたやすことはなかったし、毎朝おばあちゃんの為に仏壇に供えたごはんを、おばあちゃんが食べた後におじいちゃんが食べていたらしい。



うちの母の肺癌が発覚した時、おじいちゃんは本当に心配していた。
でも結局その母とまったく同じ場所に癌ができ、しかも発見された時は末期だった。
それでもついこの間会った時は元気だったのに。



おじいちゃんは亡くなる前に、もうそろそろやばいって時に看護婦さんが呼吸器をつけようとしたのを拒否したらしい。
「自然に自分で逝きたいし、つけなくていい」と。
なんておじいちゃんらしいんだろう、最後まで。



実はわたしはおじいちゃんにあやまりたくて、お葬式に行きたかった。
まだまだ若い頃、「わたし大人になったらおじいちゃんと一緒に住みたい!」って言った事があって、一人暮らしのおじいちゃんはそれをすごく喜んでくれてわたしをとても可愛がってくれた。
なのにわたしはのうのうと東京に出て来てしまった。
約束なんて深く考えてなくて、忘れたように。
それからおじいちゃんは少しだけ、わたしに冷たくなったような気がする。
いや、気のせいかもしれないけど、とにかくそれを謝りたかった。
ごめんね、、生きてるうちに謝っておけばよかったよ。



わたしが高熱を出した時も、わたしが結婚相手を連れて行った時も、「負けたらあかん、なにくそ!と思って生きて行け!」と言われた。
今は少しだけその意味がわかる、それを思い出し、なにくそーー!!くそったれーー!って思う瞬間もたまにある(笑)きっとその時こそ「苦労」というやつを味わっている時な気もする。
おじいちゃんはそれを何度も何度も思いながら生きて来たんだろう。
ほんとうにお疲れさま。長生きご苦労様。
おじいちゃんは一応120歳だっけ?まで生きるつもりだったみたいけど。
やっと愛してやまないおばあちゃんに会えるね。
天国から母の回復を手伝ってください。
そしてそして、おじいちゃんの死に顔はめちゃめちゃ美男子だった。
さようなら、尊敬しています。





新潟にて展示のお知らせ!!!


夢・愛・希望 Dreams Love & Hope
12月16日(金)〜25日(日)
11:00〜18:00
福田画廊
詳しくはこちら

東日本大震災のチャリティー展覧会です。
若手作家から大家までの作品展示販売です。
わたしは数点出品します。